沖繩地方でほんの最近まで行われていた「洗骨」も古い時代の風習である。棺のままの遺体を何年か放置し、白骨化したころに、残った皮膚や肉を手で洗い落とし、改めて骨壷におさめて墓に入れる。骨を洗うのは近親の女性の仕事だった。そのため沖縄の戦後の女性解放運動が火葬場の設置要求運動からはじまった、というのは有名な話。遺体を埋めた場所に石塔をたてるのは、江戸中期からの流行という。でも、江戸の墓は個人単位、または夫婦単位の建碑が中心だった。死んだら墓は絶対に必要なものだと思っている人は多い。日本人は遺骨への執着が高い民族だともいわれる。しかし、本当にそうなのだろうか。民俗学者は、日本の基層にあるのは〈死体と霊魂とを区別して考える民族文化〉だったと述べている。遺体を山野に放置する曝葬も、遺体に縄をかけて棺桶に入れる風習も、埋葬したっきりの遺棄墓制や両墓制も、今の感覚だとずいぶん荒っぽい気がする。しかし、だからといって彼らが死者を大切に思っていなかったとはいえないだろう。
厄負けせずに、四十二歳を厄年として祭りの司祭・神主になったり、年男としてプラスイメージが付着したりするめでたい存在になる。また公的行事で役職につく年齢とする考え方もある。これは厄勝ちの思想といえるもので、プラス思考になる。そこには四のもつ両義的性格が指摘できるだろう。このように年齢の数字を意識して盛大な祝いをする年祝いの基礎には、災厄と幸運をあわせもつ論理が成り立っているのである。日本の四に相当する他国の事例では、キリスト教文化圏の十三がある。キリストがユダに裏切られ、処刑されたのが十三日ということになっている。そこで十三が忌みの対象となっていることはよく知られている。日本で十三をとくに忌むのは、病院よりもホテルの方である。四はあるが十三はないといった話もきく。十三階がないホテルもある。エレベーターも十三階がない。たとえば十三階の階数まであっても実際は一階分不足していることになる。
ビジネスシーンにも携帯でのやりとりがかなり一般化した。業種によっては、携帯がないと仕事にならないということもあるだろう。しかし、仕事でも日常的に携帯を使う人ほど、使い方がルーズになっていると感じる。たとえばかける時間帯。オフィスなら通常電話しないような時間でも平気でかけてはいないだろうか。携帯電話はあくまでも緊急用の手段。「今すぐ連絡がとれないと困る!」という場合や、相手が「携帯に電話をください」と言っているのでなければ、まずは常識的な時間、固定電話に連絡。「いつでもつかまる」というのは、かける側の勝手な都合だ。また、他人に番号を教えるときは、かならず「○○に番号を教えてもいいですか」と一言尋ね、了解を得てから。相手への配慮を忘れると、会社のイメージまでダウンさせかねない。
Copyright (C) WWW.MONASTERO.ORG. All Rights Reserved.